Feasibility Study in the Model Villages

III. Phu Vinh 工芸品貿易村の歴史

  1. Phu Vinh 村の名前の由来と歴史

  2. Phu Vinh村の現況

  3. Phu Vinh村の卓越した技術を誇る名人達


1. Phu Vinh 村の名前の由来と歴史

Phu Vinh村の前司書官であるNguyen Trong Giam氏によると、Phu Vinh村は以前はPhu Hoa Trang村と呼ばれていたそうだ。昔話によると、Le Hien Tong王の妻達の1人であったVu Thi Phuong王妃が村を訪れたとき、籐と竹あみ細工を地元に根付かせるための公共の施設を作るための寄付をした。そこで、地元住民たちが、Giang (籐の一種、小さいがより弾性に富む)やUot (籐の一種) Co (椰子の木)など、地域で使えそうなものを集めてきて、地元地域や周辺地域が日常的に使うための製品作りをはじめたといわれている。籐製品の需要が増大して、製品の主流はシンプルな日用品からより洗練されたものへとシフトしていった。その卓越した技術は、四季の様子や想像上の生物を編みこんだ絵などから窺い知ることが出来る。

Phu Hoa Trang村と呼ばれていた村は、Thuong Chay氏が村長に就任した際Phu Vinh村と改められた。Chay村長は、「Hoa、は花の意味であるが、花は長持ちしない。しかしVinhという名前にすれば、長きに渡る名声が永遠に続くような印象を持つ」と、改名の意味を説明した。また改名の際Phu Vinh村はPhu Huu 1 、Phu Huu 2とPhu Nghia Commune地域の2つの村落を統合した。"Phu"という言葉は「美」や「幸運」を意味する。また、 "Vinh"は「繁栄」を意味している。また、Phu Nghia郡の"Phu"は「豊かさ」を、"Nghia" は「高潔」を、 "Huu"は"全てのものを持つ"という意味である。Phu Nghia郡にあるPhu Vinh村は、伝統的籐・竹あみ細工の熟練した技を持つ職人をより多く抱える中心地であるといえる。

伝統的な工芸品は18世紀に発展した。王によりトレードフェアが催され、村の公民館では優れた製品を作った人が表彰された。1712年、以下の8名の職人が (伝統的工芸村の職人の中で卓越した技術を持つ名人) として認定された。



2. Phu Vinh 村の現況

Phu Vinh村はPhu Nghia郡での工芸品貿易村観光における最も魅力的な村となりつつある。Phu Vinh村を訪れる観光客は、300年に及ぶ籐と竹細工の歴史に惹きつけられる。近年では、原材料の処理に対する近代的技術のおかげで、伝統的工芸品の技と技術がより高まってきている。また、村の605世帯のうち99%が伝統工芸に従事している。村を訪れる観光客は、そこかしこの家で忙しそうに籐や竹を編んでいる光景を見て非常に興味を覚えるだろう。一方で、たいていの場合、職人は自分の一族以外や村の外部の人間には技術を教えようとしないといった問題もある。外部の人間は籐や竹を編む技術のほんの基礎しか学ぶことが出来ない。そのため、とりわけ農繁期には村の生産者は顧客からの大量の注文をさばくことが難しい状況に陥ってしまう。



3. Phu Vinh 村の卓越した技術を誇る名人達

以下は国家経済大学の学生たちによって調べられた、名人とされる優れた職人たちの伝記である。


3.1 籐・竹あみ細工の職人Nguyen Van Trung氏

Nguyen Van Trung氏(48歳)は、Phu Vinh村で最も名高い職人であり、数々の国内外の賞を受賞している。Trung氏はベトナム協同組合連合より、ゴールデンハンド賞を、日本のJICAからは洗練された工芸技術の賞を得ている。 1980年、24歳のときに、Trung氏は工業芸術デザインに関するコースを受講したのち、工芸品生産のための処理工程を勉強するためにキューバを訪れた。その後彼はPhu Vinh村の伝統的籐製品と竹あみ細工の協同組合の最高位技術責任者に選ばれ、旧東欧諸国や台湾、日本、フランスなどへの芸術作品の輸出に非常に重要な役割を果たした。 Trung氏の家を訪れて真っ先に眼をひくのは、Ho Chi Minh主席の姿を籐で編んで描いた肖像画だ。彼は片足が不自由だが、いつもHo Chi Minh国家主席の"T?n m? kh?ng ph?"、つまり「体が不自由であっても社会への貢献をする」という言葉を胸に生きてきたという。

Trung氏はキューバ、ロシア、フランス、日本、カナダなどの多くの国際博覧会にPhu Vinh村の伝統的工芸品を紹介するために参加してきた。彼の活動を通じ、世界各地の人々がよりベトナムについて、またベトナムの職人たちについて理解を深めてきた。 2004年には、Trung氏の家族が開いたワークショップに50以上の観光客グループが参加したという。Trung氏や他の職人たちは、Hai Duong, Phu Tho, Tuyen Quangといった外の村を訪れて籐・竹あみ細工の技術を教え、「村の職人さん」と呼ばれている。

彼によると、Phu Vinh伝統工芸の祖先は、Thang Long(Ha Noi市の昔の名前のひとつ)にもともと暮らしていたが、公職についているときに罰されて、Phu Vinh村に逃れ、工芸技術を学んだそうだ。また、Nguyen Van Luan 氏の父にあたるNguyen Van Xoi氏は中国高級官吏序列の9位だった人物で、伝統的籐・竹細工にも類まれなる才能を持つ人だったそうだ。Xoi氏は中国で「最も美しく高度な技能による工芸品」の賞を得た。また彼は、中国での経験で学んだ技術をPhu Vinh村に広めたという。このXoi氏が、Phu Vinh村の伝統工芸村の創始者と考えられているそうだ。

Trung氏が主催するワークショップは村で最も成功しているワークショップの1つである。2004年の年間収入は約4億ドン、2003年の収入の2割り増し。生産者1人当たりの収入は毎月60万〜100万ドンである。籐と竹あみ細工は地元の人たちにとって良い職を提供しているといえ、その仕事から生活費を稼ぎながら、祖先から受け継いできた伝統的工芸技術の遺産を守ることができている。


3.2 86歳の職人 Nguyen Trong Tan氏

Tan氏の仕事は今は息子のNguyen Trong Tuan氏に引き継がれている。Tan氏は、73年間にわたり竹・籐細工の生産に携わってきた。最後に1ヶ月の製作期間をかけて作った作品"Long Ban"(陶器を細かい竹あみ細工で覆っているもの)は展示会でも紹介され、参加者から賞賛を浴びた。

Tan氏の洗練された装飾用の工芸品は国内の展示会だけではなく、フランスのMacxeyでの国際トレードフェアでも展示された。こうした展示会やトレードフェアなどでの展示を通じ、Tan氏は多くの賞を得てきた。2つの金メダル、2つの銀メダルに1つの銅メダルである。Tan氏の作品は買い取られてPhu Vinh村近郊の輸出入業者によって製作されている。

国内市場では、Tan氏はプラスチック、陶器、ガラスなどで作られた製品をサンプルとして購入し、籐・竹あみ細工の作品の参考にしているという。

彼と息子のTuan氏はPhu Vinh村を訪れる観光客向けの土産物に適した籐・竹細工のデザイン製作をしたいものの、現在はあまり訪問客が多くないので観光客向け製品製作の立ち上げができない、Ha NoiやHa Tay省の旅行業者がもっとPhu Vinh村に関心を寄せ、村の文化や伝統工芸などに観光客が興味を持つように促してほしいと語った。Tuan氏は、今、責任ある優良な旅行業者を探して、伝統工芸村での観光振興に結び付けたい考えだという。


3.3 村の職人 Nguyen Van Tinh氏

1963年生まれのTinh氏は、10歳のときから籐・竹あみを始めた。彼の父親は著名な職人で、Ho Chi Minh主席が1962年にPhu Vinh村を訪れたときには主席に面会する機会もあったという。 2人の息子のうち1人は軍人になっているが、2人とも伝統的技術を引き継いでいる。今は製品のデザイン作りに熱心で、国内外の顧客に直接製品を販売しているという。そのため村の他の中小企業などに比べると、作る製品の量は多くない。

一番お気に入りの作品は、1987年に売るためではなく、芸術作品として作り上げた、陶器の外側を籐細工で編み上げたものだという。この作品で彼は大会の金メダルを手にし、このときの思い出を大切にしているという。また、興味のある生産者たちに向けた技術ワークショップも開催している。